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臥頭狂一のエロ小説ブログ。※18歳未満閲覧禁止。

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陵鬼の森 ~浮気妻 紗江~ 明俊 (26枚)


注意
 「陵鬼の森 ~浮気妻 紗江~」の番外編ですが、官能描写は極端に薄い作品です。
 残酷・残虐な描写があります。
 本筋に関係はありますが、読まなくとも今後の展開が理解できなくなるといったことはありません。
 それでもよろしいという方のみ、ごらんください。



 加瀬明俊はランド・クルーザーの後部座席で、己の浅はかさを悔やんでいた。
 車が揺れるたび、後頭部がずきずきと痛む。意識ははっきりしてきたが、ひどい吐き気がする。手首を後ろに縛られているが、たとえ拘束されていなくても満足に動けそうなかった。
 延髄に損傷を負っているのかもしれない。手足の指先が、痺れてにぶい。
 怪しげなメールなど、無視するべきだったのだ。金に目がくらんだ過去の自分を、明俊は罵倒してやりたかった。
 ことのはじまりは一ヶ月ほど前だ。その夜、明俊は帰りが遅かった。インストラクターの仲間たちと、久しぶりに飲みに出ていたのだ。
 インストラクターの給与は低い。飲むといっても、全国チェーンの安居酒屋だ。飲み放題のコースで発泡酒や酎ハイをあおりつつ、職場の愚痴をこぼしあうのが常だった。
 低すぎる賃金に不安定な雇用形態。口から放たれるぼやきは、だいたい決まっている。
 明俊を含め、インストラクターの八割は非正規雇用にすぎない。経営がすこしでも傾けば、いつ契約を切られてもおかしくなかった。報酬は時給制で、納得のいく額には程遠い。
 嫌なら辞めろ。代わりは幾らでもいる。日本中に似た風潮が蔓延していた。
 待遇の不満を口にすることも許されず、使い捨てられることにおびえ、唯々諾々と日々の職務をこなす。鬱屈した感情が内に溜まらないわけがないのだった。
「やってられねえよ。生活だけで精一杯だ。これじゃ、結婚どころか女と遊びにも行けねえ」
 いつも真っ先に顔を赤くしてこぼしはじめるのは、最古株の楢崎だ。確か三十七歳になる。明俊はジムの大先輩である小男を、内心では馬鹿にしていた。「女」や「結婚」という単語をよく口にするが、つきあっている女がいるという話を耳にしたことがない。見栄を張っているだけだろう。
 後輩を引き連れて、安居酒屋すら奢るでもなくただ愚痴を聞かせる。明俊はこんなオヤジにだけはなりたくないと心底思う。どう見ても社会の負け組みであり、格好が悪すぎた。
 将来の不安ということばが、明俊にはいまひとつ遠い。二十五歳という若さが、不況という現実を見る目をぼやけさせていた。
 ただ、給与の薄さ。それだけは切実に共感できる。満足に遊ぶことのできる金が欲しかった。
 楢崎とは違い、女にはそれほど不自由していない。不倫の関係だからおおっぴらには口にできないが、関崎紗枝という容姿にすぐれた相手がいる。紗枝は年齢不相応の、みずみずしい肢体をしていた。
 会うときは食事の代金もホテル代も、すべて紗枝が負担してくれる。明俊が支払うことはなかった。
 だが、小遣いをくれるわけではない。金はぜんぜん足りなかった。羽振りのいい生活がしたい。紗枝と別れる気はないが、ほかに女も欲しい。いい女を引っかけるには、金がなさすぎた。
 紗枝のからだに不満があるわけではなかったが、お高くとまっているところが気に入らない。フェラチオもぞんざいで、明俊を悦ばそうという気がないように思える。年下の女を、自分好みに染めてみたかった。
 それは高望みだとしても、せめて月に何度か風俗遊びをするくらいの金が欲しい。ありあまる若い性欲は、週に一、二度の密会ではとても発散できない。ラブホテルの休憩ていどでは、膨らみきった陰嚢の中身を空っぽにすることはできなかった。
(金があれば、もっと……)
 さんざん愚痴りあったあと、ほろ酔いでジムの仲間と別れる。自宅アパートまで歩いて数分の距離だ。玄関ドアに錆びついた鍵を差しこみながら、明俊は大金を手にした自分を夢想していた。素直でかわいい女を彼女にし、でかいRV車を乗りまわす。もちろんこんな駐車場もない安アパートではなく、高級マンションか、新築の一戸建てで暮らすことになるだろう。美味いものだけを食べ、キングサイズのベッドで朝までやりまくる。カーセックスもしてみたかった。
 どうせ人間は外見と金だ。はじめて会った男を内面で判断する女など、どこにもいない。高価なものを身につけていれば、人生そのものも変わってくるはずだ。
 実現することのない妄想で己を慰めつつ、明俊はドアを開く。すこし酔いすぎてしまったようだ。足がふらついている。
 玄関の照明を点け、板敷きの上がり口に座りこむ。靴を脱いだとき、土間に白い封筒が落ちているのが目に入った。
 どうせダイレクト・メールだろう。鼻で笑いながらも、大事そうに手に取る。金でも入っているかもしれない。さっき思い浮かべた都合のいい想像が、頭の中で継続していた。
 封筒には差出名も宛名も記されていない。切手すら貼っていなかった。とすると、何者かが直接、ドアの郵便受けに投げ入れていったことになる。
 薄気味悪かったが、それよりも中身への興味が強かった。明俊は部屋へ持って行き、ハサミをつかってきれいに開封する。
「か、金だ……」
 一万円札が新札で十枚、無造作に詰め込んであった。ほかには何もない。覗きこんでみても、名刺ひとつ入っていなかった。
「な、なんだ、こりゃ……」
 酔いは完全に醒めていた。いったい、誰が何の目的で現金入りの封筒を入れていったのか。喜ぶよりも先に疑問が浮かんだ。
 知り合いの悪戯か。しかし、わざわざ十万円の現金を用意してまで明俊をかつぐような友人はいない。給料日には返すからと、金を貸し借りする連中ばかりだ。
 何度確かめても、ほかに同封されたものはない。紙幣には透かしも入っている。偽札には見えなかった。
 わけがわからない。誰かに相談しようと携帯電話を開きかけたが、すぐに閉じた。たかられるに決まっている。自分が相談されたら、間違いなく臨時収入なのだからと奢らせるだろう。しょせん人ごとなのだ。
 考えてもしかたがない。深夜なのだ。明日ゆっくりと考えよう。明俊は十万円を封筒に包み、枕もとに置いて寝た。なかなか寝つけなかった。
 金に手をつけてしまったのは、翌々日の夕方だ。
 明俊は溜まっていた。バイトの最中にもかかわらず、勃起がおさまらない。猥褻な妄想が頭を駆け巡っている。勤務シフトは午後二時までだ。紗枝を呼び出して抱くつもりだった。
「急にいわれたって、無理よ」
 紗枝はにべもなかった。そっけない断りの返事のあと、すぐに電話を切られた。セックスのときの熱い反応に比べ、ふだんの紗枝は冷めている。
 明俊は腹を立てたが、どうしようもなかった。不倫の関係なのだ。食事もホテルの代金も出してもらっている。わがままをいえる立場ではない。ふたりは対等などではなかった。
 いざとなれば、紗枝は平気な顔をして明俊を捨てそうだった。それだけは避けたい。紗枝よりいい女をつかまえる自信も幸運も、持ち合わせてはいない。飯を喰わせてくれて、股も開いてくれる。すこしばかり高飛車な態度さえ我慢できれば、いうことのない女なのだ。
 だが損得勘定で頭は納得させられても、下半身は抑えられない。自慰ですませるのはいやだ。むなしすぎる。今日はどうしても、女のからだで放出したかった。
 財布の中に、あの十万円が入っている。明俊の足は迷いつつも風俗店のある通りへと向かっていた。
 意を決して店に入ってしまうと、後はドミノ倒しと同じだった。若い性欲に歯止めはきかない。ソープランド、ファッションヘルスを幾つもハシゴし、空が暗くなるまで愉しんだ。あっという間に財布の中身が寂しいものになった。今月の生活費にまで手をつけてしまっている。
 けれども気分は爽快そのものだった。濃厚なサービスをたっぷりと受け、満足いくまで放出を繰り返した。久しぶりにすっきりしていた。
 もともとが楽観的な性格だ。今月の生活は苦しいだろうが、それだけの価値はあった。どこの神様かは知らないが、また現金を投げこんでくれないだろうか、と思った。出処不明の金を遣ってしまったという罪悪感は、欲求の解消とともに失せている。
「ただいまっ……と」
 誰も待っていてくれる人間などいないが、気分よく帰宅を告げてアパートの玄関ドアを開ける。土間に踏み込んだ靴先が、何かを踏んだ。
 ドクン、と胸が大きく脈打つ。まさか。薄暗くてよく見えない。照明を点け、足もとのものを拾い上げる。見覚えのある無記名の白い封筒だった。厚みまで、そっくり同じだった。
 蹴り出すように靴を脱ぎ捨て、慌てて部屋へと駆けこむ。ハサミを手にすると、端のほうをジョキジョキと切り落としていく。中には、期待したものが入っていた。
 一万円札が十枚。
 明俊は小躍りしたくなった。これでまた、遊べる。もっと高級店に行くのもいいかもしれない。頬が持ち上がり口が緩むのを、止めることができなかった。
 そのとき、ポケットの中の携帯電話が振動した。メールの着信だ。後回しにしようかとも思ったが、どうにも気になる。明俊は携帯電話を取り出し、小さなディスプレイを覗きこんだ。
 未登録のアドレスだった。件名には、『喜んでいただけましたか?』とあった。
 十万円入りの封筒を投げ込んでいった人物に違いない。明俊は唾を飲みこみつつ、メール内容を確認した。
『加瀬様。はじめまして。私は白い封筒を入れた者です。突然のプレゼントに驚かれたでしょうが、ほんの気持ちです。喜んでいただけましたか?
 さて、このような真似をしたのには理由があります。ひとつ、私のお願いをきいてもらいたいのです。
 関崎紗枝という女を知っていますね。あなたと不倫の関係がある女です。その女との別れ際に、同封の粉末薬を飲ませてもらいたいのです。報酬というわけではありませんが、やっていただけたら封筒の中身の十倍ほど、お礼をお約束します。
 薬は二包み入っていますが、飲ませるのは一包みで構いません。毒薬ではありませんのでご安心を。遅効性の睡眠薬です。不安なら、一包みぶんを犬や猫にでも飲ませてみてください。体に害のある薬物ではないことがわかるはずです。
 決行の期日が定まりしだい、このアドレスに返信してください。よろしくお願いいたします。』
 読み進めていくうちに、携帯電話を持つ手が震えていく。額に汗が滲んでいた。
 封筒の中を探ると、紙幣の奥にビニル包みの白い粉末薬がふたつ、確かに入っている。一見したところ、薬局で処方される薬と変わらない。
 テーブルの上に封筒を置き、大きく息を吐く。直感が危険を訴えていた。怪しいにもほどがある。悪戯とはとても思えない。二十万もの金を無駄にする意味はないからだ。
 紗枝との不倫を知られている。それだけでも大きな驚きだった。いったい、誰なのだ。自分の知り合いではない。こんな手の込んだ真似をする人間に、心当たりはなかった。
 紗枝に恨みを持つ者だろう。メールの内容どおり睡眠薬だとすれば、明俊と別れた後で眠気に襲われた紗枝に復讐するつもりか。いったい何をするつもりなのか。まさか殺しはしないだろうが、危害を加えた場合、明俊は共犯者とされてしまう。冗談ではなかった。
 無視しよう。明俊はそう決めた。
 忘れようとした明俊だが、胸がざわめいて落ち着かなかった。食欲が失せ、TVを観ていてもまったく頭に入ってこない。気づくとテーブルの上の封筒に視線が移っている。気になってしかたがなかった。
 すでに十万円を遣いこんでしまっている。
 そもそも、まともな金なのだろうか? 無視しても平気な相手なのだろうか? 
 すでに紗枝との不倫を知られてしまっている。暴露されるおそれがあった。露見すればジムのしごとは当然くびだ。ジム会員との不倫が許されるはずがない。
 それだけではない。紗枝の夫によって、法律を用いて訴えられるおそれがある。貧乏な自分に慰謝料など払えるわけがなかった。
 紗枝に相談しようかとも考えた。ふたりで対策を練れば、なんとかなるかもしれない。しかし昼間に電話したときの冷たい声を思い出し、すぐに愚策だと打ち消した。
 状況がまずくなれば、紗枝はかならず自分を切り捨てる。フィットネス・ジムを退会し、連絡も絶つだろう。保身のために携帯電話すら買い替えそうだった。自分のことしか考えない。紗枝はそういう女だ。
 明俊からすれば、紗枝という美貌で便利な女を失うことになるだけだ。封筒を送った依頼主からの報復も、何らかのかたちで行われるかもしれない。ひとつも得るものはなく、失うもののほうが多かった。
 二日の間、明俊は迷いつづけた。悩みに悩んだすえに、明俊はメール主の依頼を受けることにした。
 薬の効果は近所の犬で実験している。缶詰に混ぜて与えてみたのだ。苦しむこともなく、二十分ほどして自然に眠りについた。翌朝には元気に尻尾を振っている姿を確認している。
 報酬は百万円。危険に足を突っこむことを考えると安すぎる気がしないではないが、考えてみれば大したことではないのだ。コーヒーかお茶にでも薬を混ぜて、飲ませるだけ。
 あとは、知らぬ顔をしていればいい。ふたりの密会を知っているのは白封筒の依頼人しかいない。紗枝の身に何かあっても、明俊に疑惑の目を向けられることはないだろう。
 殺人となれば話は別だろうが、そこまでするわけがない。殺したいほど憎いならナイフで刺せばいいだけだし、完全犯罪を目指すなら第三者の明俊を絡めたりしないはずだ。何が目的なのかは知らないし、考えないことにした。
 それでも、紗枝を危険な目に合わせることに違いはない。罪の意識に胸を痛めてもよさそうなものだが、明俊には後ろめたさのかけらもなかった。
 しょせん、からだだけのつきあいだ。恋愛感情はない。互いに性欲を解消するために会っているだけだった。おごり高ぶった態度に、腹を据えかねてもいる。いちどくらい痛い目に遭えばいいのだ。
 決行したのはその二日後だ。日時については前夜、メールで依頼者に知らせておいてあった。
 午前中からラブホテルではげしく交わった。ひょっとすると、これで紗枝とは最後かもしれない。そう思うと尻を抱く指にも力が入る。明俊は鍛えあげた自慢の肉体で、欲求不満の美人妻を責めに責め抜いた。
 薬を混ぜたのはコーヒーだ。たっぷり汗をかいたのに、紗枝は温かいコーヒーを所望した。部屋に備えつけのコーヒーサーバーから注いだ琥珀色の液体に、すばやく粉末薬を溶かしこむ。紗枝は疑うこともなく口にし、ほとんど残さず飲み干した。
 ホテルの出口で別れるときも、異常は見られなかった。離れた駐車場へ向かう紗枝の後姿をしばらく見守ったが、しっかりした足取りだった。
 薬が効かなかったのかもしれない。犬では成功したが、人間には用量が足りていないという可能性もある。
 どちらでもいい。とにかく依頼されたことはやってのけたのだ。あとのことは知ったことではない。明俊はよけいな想像はしないことにした。
 翌日、フィットネス・ジムに予約を入れていたはずの紗枝は、姿を現さなかった。
 じんわりと冷たい汗が背を流れる。落ち着け。これくらいは想像できていたはずだろ。明俊は運動の指導に身が入らない。昨夜も眠れなかった。いったい紗枝はどうなったのか。白封筒の依頼者に何をされたのか。
 自分の犯した罪がどのくらいのものなのか、明俊には想像もつかない。不安だけが肩に重くのしかかっていた。百万ごときの金で、とんでもないことをしてしまったかもしれない。明俊は完全に怖気づいていた。
 仕事が終わるやいなや、すぐにメールを打つ。送信先はもちろん依頼者だ。紗枝の安否が知りたかった。殺人に荷担していないことを、文字でもいいから伝えて欲しい。すがる思いだった。
 何度送ってみても返信はなかった。深夜まで待っても、期待した答えは返ってこない。翌日も、そのまた翌日も同じだ。たくましい肉体を縮め、不安に震えて眠る日々が続いた。
 二週間も経つころには、罪の意識が薄れかけていた。おびえていてもしかたがない。明俊はすっかり開き直っていた。警察が訪ねてきているわけでもないし、何かあったとしても自分が関わったという証拠はない。恐れることなど、なかったのだ。
 罪悪感の消失とともに、未だに渡されていない報酬が惜しくなった。今度は督促のメールを打った。危ない橋を渡ったのだから、謝礼は当然だ。明俊は借金の取立てのように図々しくなっていた。
 約束の百万円を早く支払うよう、幾度も文を変えて送信する。返信は相変わらずなかった。先に二十万円受け取っていることも忘れ、明俊は憤った。すでに金は遣いきっている。百万円で遊ぶことしか考えていない。報酬を倍にしろなどと、図に乗ったメールまで送りつけていた。
 ようやく返信があったのが昨夜だった。遅れたことにたいする詫びが前置きとしてあり、二百万円支払うから直接出向いて欲しいという内容だった。
 明俊は狂喜した。ふっかけてみるものだと思った。三百万円といっておけばよかった。今度は豪勢に遊べる。すっかり金に目がくらんでいた。
 指定された場所は郊外にあり、時間は深夜だった。不審ではあったが、二百万という金額に明俊は盲目になっている。そんな大金は手にしたことがない。つっぱねてふいにしたくはなかった。無視されてしまえば、それで終わりなのだ。こっちはメールのアドレスいがい、何も知らない。
 危険かもしれないが、人間が相手だ。明俊は鍛えぬいた肉体に自信があった。もう辞めてしまったが、三年ほど総合格闘技の道場にも通っていた。拳銃を出されてはどうしようもないが、それ以外ならなんとかなる。いざとなれば叩きのめしてやるつもりだった。相手が複数なら、逃げればいい。
 待ち合わせた場所は、ひどく辺鄙なところだった。雑草が生い茂る空き地だ。すぐそばに山が見える。虫の声ひとつなく、すこし不気味だった。
 タクシー代も安くはなかったが、これから手にする金額を思えば何ほどのこともない。明俊は目印の廃屋へ向かって足を進めた。
 街灯はなかったが、代わりに月が明るかった。腰にまで伸びた雑草をかきわけ、一歩一歩を踏みしめていく。どうしても顔がにやけてしまう。金を手にしたらまずどうするか、タクシーの中でもそればかり考えていた。
 廃屋の入り口に、人が立っているのが見えた。背が低い年配の男だ。この男が白封筒の依頼人に違いない。
 声をかけようとしたときだった。
「ぶ、ぶぼおおおッ!」
 背後から、獣のような声。振り向こうと上体をよじった瞬間、後頭部に衝撃を受けた。打撃の音さえ聞こえなかった。視界は闇に染まり、急速に意識が薄れていく。
 襲撃者の姿さえ見ることができずに、明俊は気を失い倒れこんだ。


「降りろ」
 後ろ手に縛られたまま、明俊は車から引きずり降ろされた。思った以上に強靭な腕だった。背は十センチ以上こちらが高いが、腕力は向こうが上かもしれない。
 雑草と土の上に膝をつきながら、首を上げる。星が夜空を埋めつくしていた。笹薮と木々に囲まれているところを見ると、山奥に連れて来られたらしい。
 まだ首の後ろが痛い。空を見上げただけで悲鳴を漏らしてしまうところだった。
 背後から殴りつけてくれた相手の姿はない。何がどうなっているのか、わからなかった。自分が窮地に追いこまれているということ以外には。
「お、おれをどうするつもりなんだ。あんたは、誰なんだ。ここは……」
 矢継ぎ早の質問に、短躯な男は答える気がなさそうだった。ハンチング帽の下の小さな目は、明俊を完全に無視している。ドアが開かれた助手席のシートに向かって、太い前腕が忙しく動いていた。何かがはめこまれるような、金属の硬い音が聞こえる。
 手首を後ろに縛られて跪いた明俊の姿は、まるで罪人のようだった。質問をあきらめ、呆然と作業をつづける男を眺めている。
 ふいに視線が交差した。一呼吸遅れて、短躯の上体が向けられる。両手に抱えていたのは細長い鉄の塊だった。
「じょ、冗談はやめてくれ……」
 星明りに照らされた銃口が、ひどく大きく見える。明俊の顔に引きつった愛想笑いが浮かんでいた。
「走れ」
 低い声だった。顎をわずかに上げた男の口もとが歪んでいる。
「おれが何をしたって、いうんだ……頼む、やめてくれ」
「十秒、待つ」
 懇願する明俊の声は、男の耳に届いていないようだった。十、九……と秒読みがはじまる。抑揚のまったくない声だった。
「うわあああっ……!」
 耐えられず、走り出す。とても戯れとは思えなかった。両手は縛られたままだ。明俊は奇声に近い悲鳴を撒き散らしながら、銃を構えた男に背を向けて走り出した。
「いやだっ! いやだあっ……! なんで、どうして……!」
 明俊は泣いていた。涙と鼻水で顔を汚らしく濡らし、前のめりになって駆ける。不安定な体勢に、何度か転びそうになった。
「……イチ……ゼロ」
 背後で、つぶやきが聞こえる。直後に、轟音が深夜の森を引き裂いた。静寂が支配していた山に、何度もこだまする。
「うげっ……!」
 銃声に驚き、転ぶ。目の前に笹の茎が迫っている。早く起き上がらなくては。しかし右足を起こし踏ん張ろうとするものの、まったく力が入らない。どうしたんだ。ぐずぐずしてなんか、いられない。
 慌てて振り向いた明俊の視界に入ったのは、とんでもない惨状だった。激痛が脳天にまで広がっていく。
「いいいいっ!」
 足首から先が、消失していた。どくどくと血があふれ出ているのが、ほのかな星明かりの下でもわかる。見開いた眼に映っている光景が、明俊には信じられなかった。
 明俊は驚いて転んだわけではなかった。口径の大きな銃弾が、右足首を撃ち抜き、ちぎり落としていたのだ。
 足音がゆっくりと近づいてくる。明俊は泣き喚きつつも、這って逃れようとした。失禁してしまっていたが、それどころではなかった。
 がちゃり、と背後で音がする。弾丸を装填する音だ。
「十秒、待つ」
 変わらぬ低い声が、頭上を通っていく。
「やめて、やめてくれ……おねがいだ、おねがい……」
 泣いて哀願する明俊を尻目に、秒読みは開始されていた。芋虫のように這い進み、笹薮の中に逃れようとする青年の背を、銃口が正確に追っている。
「……ゼロ」
 ふたたび、破裂音が闇の静けさを打ち破る。
「ぎゃあああっ! ひいいいっ!」
 今度は左の足首だった。骨は消し飛んでいたが、完全にちぎれてはいない。踵のあたりが、薄い肉でわずかに繋がっていた。縛られた身体が苦痛にもがくたび、ぷらぷらと揺れる。
 金属の、冷たい音。硝煙の匂いがあたりを漂っていたが、どちらも気にする余裕が明俊にはなかった。
「十秒、待つ」
「ひいいっ、ひひっ、ひひひっ……」
 明俊の眼には、もう絶望すら映ってはいなかった。


テーマ:18禁・官能小説 - ジャンル:アダルト

  1. 2010/07/01(木) 15:15:15|
  2. 陵鬼の森
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臥頭狂一

Author:臥頭狂一
(がとうきょういち)
 日々、頭痛に悩まされながら官能小説を書いています。
 いろいろなジャンルに手を出していくつもりです。よろしければ読んでいってください。
 感想、お気づきの点など、コメント、メールでいただけると励みになります。よろしくお願いします。

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