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臥頭狂一のエロ小説ブログ。※18歳未満閲覧禁止。

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恣(ほしいまま) ~共有される幼な妻~ 第八話 (25枚)


 セルダ家の家長を継いだイケル。暴君と化した長兄は幼妻を独占し、我が世の春を謳歌していた。弟は憤りを胸に秘め、下克上の機会を窺う。
 いっぽうで鉱夫たちもまた、イケルに対しての憤りを高めていた。ヘルマンの跡継ぎにはふさわしくない。不満は怒りに、憎悪へと育ち、不穏な噂が町中を飛び交う。

――ヘルマンを殺したのは、息子のイケルだ。




「あの野郎、大物面しやがって。十年早いってんだ」
 男が短くなった煙草を岩の地面へ投げつける。小さな火花が散った先には、爆薬の詰まった木箱があった。男は気にもとめていない。ほかの者たちも同様だった。
 空模様があやしい。午後からひと雨くるかもしれない。灰色の空を仰ぎ、ファビオは薄い唇の間から紫煙を吐き出した。胸がむかむかする。
「おい、聞いてるのかよ? ファビオ」
「……ああ」
 生返事で答えながら、ファビオは煙草をぷっと吐き捨てる。吸い殻を踏みつける安全靴の先に、必要以上の力がこめられていた。後ろで縛った髪が、小刻みに揺れる。
 遠くで笑い声が聞こえた。坑道口の横に建てられた、仮設の休憩所からだろう。数人がかたまって談笑しているのが見える。
 ファビオの立つ位置からでは、笑い声の主を判別することはできない。どれが誰なのかもわからない距離だ。だが長椅子の中央にひとりだけ座り、王のごとく振る舞う男の影だけは間違えようがなかった。
「とにかくよ、俺はあのイケルの野郎だけは我慢ならねえ」
「俺もだ。おめえだってそうだろうが、ファビオ」
 大岩を背にしたファビオを、四人の男が取り囲むようにして立っていた。年齢も背丈も肉づきもばらばらだったが、どの貌にも強い憤りが見てとれる。年かさの男など、禿げあがった額に太い青筋を走らせていた。
「俺たちだけじゃねえ、みんな思ってるはずだぜ。あの野郎の取り巻き以外はな」
 ファビオを含む五人が、一斉に顎先を同じ方向へと移した。血走った視線の先に、休憩所がある。二十人は休める広さに天幕が張られているのに、人影は少なかった。長椅子の男を中心に六、七人のみが確認できる。なにがおかしいのか、げらげらと笑う高い声がいまだに響いていた。
「クソ野郎どもが」
「ヘルマンにへつらってた連中も混じってるらしいぜ」
「十も年下のガキに愛想ふりまきやがって、恥ってもんがねえのか、あいつら」
 罵る鉱夫たちの鼻息は荒い。
 背を岩壁にもたれさせ、ファビオは新しい煙草を取り出した。紙巻きの先にマッチで火をつけ、煙をゆっくりと肺に吸いこむ。うまくはなかった。さらに胸が落ち着かなくなった気がする。足もとに叩きつけたくなったが、堪えた。肺はそれでも煙をもとめているのだ。
 まったく、苛立つことばかりだ。休憩所にいるお山の大将と腰巾着どもはもちろん、ここにいる四人にも心を乱される。毎日同じ愚痴を聞かされるぶん、煩わしさはこっちのほうが上かもしれない。
 巨人、ヘルマンの死から一ヶ月あまり。
 セルダ家を継いだイケルの評判は、けして芳しいものではなかった。当初は温かい目で見守っていた年配の鉱夫たちも、いまや大半が敵意すら抱いている。若年者の反発も日に日に高まっていた。
 批判の声は、傲岸な態度に集中している。生来の性格ならともかく、セルダ家の家督を継いだ途端に豹変したのだから当然の成り行きといえた。
 ほんのひと月前まで、イケルは働き者として認識されていた。真摯な態度で仕事にのぞみ、けして手を抜かない。作業をこなす量も、人の三倍は働くといわれた故ヘルマンに並ぶほどだった。加えて、仲間意識も高かった。不調を訴える鉱夫の作業を手伝ったり、率先して後輩に仕事を教えていたのだ。そんな男が好かれこそすれ嫌われるわけがない。
 頼りがいのある男だと、多くの者が将来に期待していたのだ。乱暴で横柄なヘルマンよりも、はるかに好感を持たれていた。早くイケルに代変わりすればいい。イケルに現場を仕切ってもらえば、不平や不満はずっと少なくなる。胸の内でそう願っていた鉱夫も少なくはあるまい。卓抜した労働力だけでなく、人望のあつさでも高く評価される。かつてのイケルは、そういう男だった。
 しかし、皆の期待は大きく裏切られることになる。
 イケルは家庭内のみならず、職場である鉱山でも尊大に振る舞いはじめたのだ。
 歳の近い同僚を顎で使うようになり、逆らう者には鉄拳でもって制裁を加えた。見かねた年配の鉱夫が諌めても鼻で笑うしまつだ。ヘルマン亡きあと、腕力でイケルに対抗できる男は存在しない。数人がかりでも、片手であしらいそうな迫力がある。手に負えなかった。
 それだけならまだいい。若かりしころのヘルマンも、そう大差ない乱暴者だったかもしれぬ。決定的に違うのは、働く姿勢だ。仕事を愛し、並外れた労働力を誇る心を、イケルは完全に捨て去ってしまっていた。
 父が死んでからというもの、彼はまるで働かなくなった。勝手に監督を気取り、現場の仕事を指揮しはじめたのだ。手を汚す肉体労働を、いっさい行わなくなった。
 現場監督、すなわち鉱山の統括責任者はもちろんべつにいる。鉱山を所有する外国の企業から送られてくる、事実上の鉱山経営者だ。監督とはいっても、現場に出向くことは稀にしかない。現場の者に任せるという通例を、歴代の監督は守っていた。せいぜいが三月に一度、視察として顔を見せる程度であり、坑道に入ることはない。現任の監督など、まともに視察を行ったこともなかった。
 代わりに現場を仕切る者が必要となる。実に三十年近くもの間、ヘルマンはその立場にいた。
 仕切り役とはいっても適当なもので、大雑把に仕事を割り振るだけのものにすぎない。肩書きなどもなく、ヘルマン自身もその地位に固執するものではなかった。担い手がほかに現れなかっただけのことだ。
 割り振りだけとはいえ、無骨な男たちを指図するのは簡単ではない。反発もあれば、不平を口にする鉱夫も多い。ときには力ずくで押さえねばならないし、不満を抑える器量も必要になる。両方を備えていたのは、ヘルマンをおいてほかにいなかったのだ。
 指導者の資質を必要とする役割ではあったが、見返りはなにもなかった。賃金がほかの者より高かったのは肉体労働の対価であり、差配役としてのボーナスを含むものではけっしてない。
 鉱山労働者たちもまた、役割に驕らない態度に敬意を払っていた。あくまでも共に働く『仲間』、一介の鉱夫という立場は変わらない。だからこそ町の代表だと認めていたのだ。おのおのに不平や不満はあろうとも、ヘルマンの器量を疑う者は皆無だったといっていい。
 上から命令を押しつけるだけのイケルを、荒くれぞろいの男が代表として扱うわけがない。同じ汗を流さない者は、仲間ではないのだ。
 到底、ヘルマンの後継がつとまる男ではない。イケルへ向けられる視線は、侮蔑に、そして憎悪へと発展していった。
「ファビオ。イケルの野郎、貰うカネが増えたってのは本当か」
「……ああ、本当だ」
 いまいましげに痩躯が頷く。くわえた煙草が短い。
「働かねえやつの賃金が、どうして上がるんだ。コルネットの豚野郎、何を考えてやがる」
 コルネットとは、鉱山の統括責任者の名だ。監督となっているが、めったに現場に出てくることはない。でっぷりと太った小男で、鉱夫からは忌み嫌われ、また馬鹿にされていた。
「決まってるだろうが。あの噂が、噂に終わらないってことさ。あの野郎、自分(てめえ)の親父を……」
 小男が口ごもる。窺うようにファビオに視線を送るが、痩躯の表情に変化は見られない。間を置かず、新たな煙草に火を入れている。煙を吸いこんだ顔は、やはり苛立ちを隠せていなかった。
 ヘルマンの死について、町では不穏な噂が流れている。事故死ということになっているが、その死因に納得していない者が大半なのだ。
 爆薬の暴発。ダイナマイトの設置場所、または順序などの設置方法を誤った。いずれかが落盤の原因だと、鉱山責任者コルネットからは発表されている。
 ヘルマンを知る者にとっては考えられないことだった。誰よりも経験豊富で、爆薬の扱いに長けた存在なのだ。剛毅な人柄ではあったが、安全管理を怠ったこともない。発破の順序や位置を間違うはずもなかった。
 暴発という線もあやしい。
 発破には危険が伴う。最低でも数人が組となって行うものだ。ところが事件の当日、ともに作業を行ったという者がいない。誰かが嘘をついているのでなければ、ヘルマンはたったひとりで発破を行ったということになる。有り得ないことだった。単独で作業しなければならない理由はどこにもない。
 何もかもがおかしい。コルネットの説明はおざなりに過ぎる。信用できるわけがなかった。
 本当は、殺されたのではないか。
 事故を装った殺人なのではないか。
 いくつもの疑惑が重なって、噂が生まれる。事件の翌日には、町中に広まっていた。
 疑われるのは当然、ヘルマンが死ぬことによって益を受ける者だ。鉱山町の英雄を憎む存在も含まれる。傲慢な巨人に不満を持つ鉱夫も少なくなかったが、殺害を企てるほどの恨みとなると限られてくる。
 無責任な流言は複数の容疑者を生み出したが、動機の薄さやアリバイなどによって削られていく。最終的には、ふたりに絞られた。
 ひとりめは、鉱山の統括責任者アルフォンソ・コルネット。
 ほとんど現場に関わらない監督ではあるが、コルネットには十分すぎる動機がある。ヘルマンによって、消したくても消えない傷を刻まれた過去があった。責任者でありながらまったく鉱山に近づこうとしない理由も、そこからきている。
 歴代の責任者は、極力鉱山労働者との接触を避けていたといっていい。二十八年前の事件が、いまも尾をひいている。たったひとりで屋敷に踏みこみ、労働の賃上げ要求を押し通したヘルマンへの恐怖が。
 植民地の総督を気取っていた統括責任者は、叛乱に怯えなければならなくなった。ヘルマンひとりの暴力を怖れたのではない。ヘルマンを旗頭に現地人たちがまとまってしまったことへの危惧だった。
 待遇への不満がつのれば、暴動を起こされるかもしれない。もともと気の荒い男たちの集まりだ。一度火がついてしまえば、監督を血祭りにあげるまでおさまりはつくまい。ヘルマンに乗りこまれた監督は夜も眠れず、精神を病んで国もとへ帰っていった。
 事件以降、数回の代替わりを経たが、どの監督もヘルマン率いる労働者をひどく怖れた。刺激することなく、本人たちの自治に任せて労働させることに徹した。さびれた鉱山の業績など、本社もそれほど気にしていない。異動命令が下るまでの数年、なにごともなく過ごせればそれでよかったのだろう。
 だが、コルネットは違った。
 二年前に派遣されたコルネットは、不遜な態度で鉱夫たちに臨んだ。その様子は未開人に接するがごとくで、口をきくのも汚らわしいといった気配を漂わせていた。
 立場の違いをはっきりさせておきたかったのだろう。本国の企業に自分の実力をアピールする狙いもあったかもしれない。着任早々に労働者たちを集め、人員削減と賃金の引き下げを宣言した。働きの足らない者は食う資格がない、とまで言い放ったのだ。
 騒ぎにならないはずがない。鉱夫の間から怒号の波が巻き起こった。「殺せ!」「ぶち殺しちまえ!」いまにも暴動が起きそうな状況に、コルネットは自分の認識が甘すぎたことを悟る。
 事態を救ったのはヘルマンだった。殺気立つ群衆を諌めたわけではない。逆だった。
 肥満した肉体をがたがたと震わせる小男の襟首を掴み、高々と持ち上げたのだ。空いた手が、その下半身、股間を指さす。高級そうなスーツのズボンから、水滴が滴っていた。
 怒声が嘲笑の渦に変わるまで、さして時間はかからなかった。げらげらと嗤う男たちの声に、罵りが混じる。軽蔑に満ちた視線が、あわれな小男に集中していた。死を間近にした恐怖が冷めないのか、コルネットは降ろされた後も震えたままだった。
 命を救ったという点では恩人といえなくもない。ヘルマンがいなければ、たちまち殺されていただろう。
 しかし、同時に拭いきれない恥辱を染みつけられてもいる。驕り高ぶっていたコルネットの自尊心は、癒やせないほどの深い傷を負ったはずだ。憎悪という言葉ではとても足りまい。怨恨が殺意にまで達していても、なんら不思議ではなかった。
 動機については他説もある。ヘルマンが獲得した美貌の幼妻、キーラに関するものだ。
 女衒によってキーラが売りに出されたとき、コルネットも入札に参加していたというのだ。たぐいまれな美形の少女に強い執着を抱き、十倍以上の値を提示したという。
 だが、女衒はヘルマンを優先した。数年で交代する鉱山の支配人より、町の顔役を立てるのは当然の帰結といえた。この町は、商品である女の仕入れ先でもある。鉱山町の英雄の機嫌を損ねるわけにはいかなかった。目先の金銭より将来を見据えた商売人らしい判断だ。
 コルネットにしてみれば、キーラを手に入れられなかっただけでは済まない。実質的に鉱山を支配しているのはヘルマンだと、女衒からも宣言されたに等しい。同じ相手に二度も面子を潰されたことになる。恨み骨髄といったところだろう。
 もっとも、こちらは噂の域を出ない。確認のとれる情報ではなく、伝聞に伝聞を重ねた風説のたぐいでしかなかった。
 いずれにせよ、コルネットが犯行の首謀であるとの噂は根強い。屋敷に引きこもり、ヘルマン殺害の計画を練りつづけていたのだと、町の住人は口々に語り合った。
 ただし、監督の単独犯行とするには無理がある。能力を考えれば、不可能と結論づけるしかない。
 コルネットには殺意があっても実行力に欠ける。器量、胆力は語るに及ばず、爆薬での殺害を行うには、現場の知識が足らない。安全管理上の知識はあるかもしれないが、発破を扱った経験があるとは考えにくい。ホワイトカラーの人間なのだ。
 そこで浮かび上がってくるのが、疑惑の渦中にあるもうひとりの人物だ。発破作業の経験が豊富な者といえば、もちろん鉱夫しかいない。その上でヘルマン殺害の動機がある男といえば、おのずと限られてくる。ヘルマンの実子、イケルだ。
 イケルには父への憎悪はない。少なくとも鉱夫たちの目には、父を敬愛する立派な息子に映っていた。弟のファビオですら、言い争いひとつ目にしたことがない。つまり、報復目的の殺害という線では、動機になり得ない。
 では利を得るためだったとしたら、どうか。
 ヘルマンの死は、イケルにとって都合の良いことばかりだった。現在の状況を見れば、そこに異論を挟む余地はない。まさに我が世の春といったところで、増長ぶりたるや苦々しいかぎりだ。
 美麗の共有妻の存在も、大きな理由たりえる。ヘルマンの性欲が人並み外れていることは有名だ。生涯に三人もの妻を娶ったことでも証明されている。先妻二人は、荒淫がたたって若い死を遂げているのだ。
 共有とはいっても息子たちにはろくに与えず、自分だけが愉しんでいるに違いない。男ばかりの女に餓えた職場では、そうした下卑た噂話が絶えなかった。息子たちは手淫で己を誤魔化す毎日を送っているのだろうと。
 事実に近ければ近いほど、不平不満はつのりにつのっていたはずだった。父に実力で迫るイケルはなおさらだ。まだ二十五歳と若く、性欲もありあまっている。ヘルマンの腹の下であえぐ少女を目の前にして、我慢ならなくなったのかもしれない。ましてや、少女は並の器量ではない。海千山千の女衒が大枚をはたいてでも欲しがった、選り抜きの美少女なのだ。
 キーラを見たことのある男たちは卑猥に語る。
「一日でもいいから、あの白い肌を好き放題にしてみてえ。想像しただけで、たまらねえよ」
「あれほどの美形をガキのうちから好きにできるっていうなら、ほかに望むことはなにもねえ」
「独り占めにできるっていうなら、親でも兄弟でもブッ殺すかもしれねえな」
 娯楽といえば女しかない、さびれた鉱山町なのだ。一生妻を得ることのできない男も少なくない。無頼漢の冗談ともいいきれないところがあった。
 イケルは毎晩キーラの性交を間近で目にし、なによりその肌の甘さを知っている。父を殺し、幼妻を自分のものにしようと企んでもおかしくはない。
 犯行手順はこうだ。
 まず、ヘルマンを現在未使用の坑道に呼び出す。息子なのだから理由はなんとでもなろう。
 そこに発破をしかける。坑道の入り口付近に、硝酸アンモニウムと燃料油を混ぜた爆薬をたっぷりと設置する。伝爆によって爆発を大きくするための爆薬だ。もちろん岩の狭間など、目につかぬところに注入する。同様に起爆用マイトも偽装して差しこんでおく。
 あとはヘルマンが坑内に入ったのを見計らって起爆させればおしまいだ。遠隔操作を用いればいい。間違いなく坑道は崩れ、生き埋めとなる。万が一にも生還はない。イケルひとりでも十分可能な犯行というわけだ。
 むろん、物的な証拠はない。
 父親殺しの汚名を着せたいがための、悪意に満ちた飛語ともいえる。取り巻き以外にイケルのアリバイを証明できる者はいないが、事故ではなく殺人だという根拠も乏しい。
 だが、事故とするには不自然に過ぎることに変わりはない。
 おさまりのつかない住人たちによって、さらに新たな風評が加えられる。コルネットとイケルの共謀説だ。ふたりが手を組んでヘルマンを殺害したというものだった。
 実際に犯行に及んだのはイケルだ。とにかく、ヘルマンを生き埋めにして殺してしまえばいい。その後、コルネットが事故として発表してしまえば済む話だ。これ以上、利害と条件が一致する共犯者はいない。跡継ぎが事故で納得しているのだから、周囲がいくら騒いだところで無駄だ。筋違いだと突っぱねるだけでいい。鉱山の支配人と次代の顔役が協力すれば、多少の無理は押し通せてしまう。
 首謀者がコルネット、実行犯はイケルだとしたら、これはもう非のうちどころのない説だった。あくまでも推測だけならという前提がつくが、穴が見つからない。住人の大半は信じこみ、ふたりが犯人だと決めつけた。
 推論を裏づけるかのような事実も発覚した。イケルの給金が加増されたのだ。
 偏狭なコルネットが、理由もなく憎きヘルマンの息子の賃金を上げるわけがない。いまのイケルは働き者でもなんでもないのだ。父親殺害の成功報酬だろうと、鉱夫たちは口々に陰口を叩いた。犯行前からの取り決めだったに違いない。
 共謀説は瞬く間に町中に広がり、いまや事実同然に語られていた。
「あの下衆野郎、余所者の小金で転びやがって……」
 年配の男が拳を握りしめる。その横で、目尻の下がった男がにやにやと顔を歪めはじめた。
「それだけじゃ、ねえだろう。それだけじゃ」
 声が妙に高い。軽薄さが、緩んだ頬に現れていた。
「あの、おさな妻だろうよ。自分のものにしたくなったんだろう。イケルの野郎、案の定キーラを独り占めしてるって話じゃねえか」
 揶揄する声は、あきらかにひとりへ向けて放たれていた。
 ファビオの身体が硬い。細い目が、さらに切れ目を狭くする。ひくひくと肉の薄い頬が痙攣していた。握り拳の間から、茶色い葉くずが漏れ落ちる。次に吸おうと取り出していた煙草だろう。
「極上のおさな妻を抱きたくても抱けねえってのは、どんな気分だ。え? ファビオ」
 痩躯の肩が跳ねる。縛った後ろ髪が舞いあがり、ふたたび背に触れるころには四つ目の拳が振り上げられていた。
「や、やめろ、ファビオ」
 左右から腕を掴まれ、ファビオは自分が男の上に馬乗りに跨がっていたことに気づく。すぼめた口から吐き出される息が熱い。見下ろした先に、白目を剥いた男の顔があった。口からはごぼごぼと血が溢れている。歯が何本が折れているかも知れない。
「いまのはこいつが悪い。だが、ちょっとやりすぎだぞ」
 年配の男が、ぽんぽんと狭い肩を叩いた。
「あ、ああ……」
 殴った拳が小刻みに震える。隠すように作業ズボンの後ろにこすりつけ、ファビオは小男から離れた。足どりまでおぼつかない。動揺を悟られまいと、わざと呼吸を遅くする。
「しかし、驚いたぜ、ファビオ。おまえさんもやっぱりヘルマンの子だな。おっかねえところがある」
「まったくだ。一瞬でこいつをのしちまいやがった。親父さんの若いときみたいだったぜ」
 追従じみた台詞を、ファビオは聞き流そうとつとめる。気にもしていない振りをし、いまだ細かく揺れる指で新たな煙草を取り出した。くわえたところで、火のついたマッチを差し出される。
「お、おお……すまねえ」
 点火を確認し、煙をゆっくりと吸いこむ。心なしか、ひどくうまい。
「なあ、ファビオ。おめえもヘルマンの子だ。この馬鹿はたしかに言い過ぎだったが、イケルなんぞに好きにさせておいて、いいのか」
 説教されるまでもない。ファビオは心中で舌打ちした。家だけでなく、職場でまで肩身の狭い思いをさせられているのだ。兄を排除したいという意思は、ほかの誰よりも強い。
 イケルがキーラを独占していることまで、町中に知れ渡っている。三つ編みの少女はいまや共有妻ではなく、イケルだけの所有物になっていた。いまのファビオには、手を触れることさえ許されてない。
 兄の気が向いたときに貸し与えられるだけだ。しかも性交は禁じられ、手や口を用いての奉仕のみ。長くても一時間だけという制限までついた。
 顎を高くしてイケルは言い放つ。「不満なら出て行け」と。
 屈辱に魂までも揺さぶられながらも、ファビオはセルダ家を飛び出すことができない。生活のためというのもあるが、やはりキーラが惜しい。家を出れば、二度とあの柔らかい肌を味わうことができなくなるのだ。諦めることができなかった。
 待ちつづけていれば、耐えつづければ、いつか機会があるはずだ。イケルをなんとかして、キーラをおれだけのものにしてやる。おれだけの幼妻にしてやる。そうやって自分を誤魔化し、ファビオは日常を過ごしていた。
 それにしても、イケルの野郎。と、ファビオは臓腑を煮やす。
 キーラを独り占めにしてることを、吹聴しやがったのか。
 静まりつつあった憤りが、ふつふつと背の熱を高めていく。後ろ髪の付け根が痒いくらいだった。
 やつしか、いねえ。やつが口にしなきゃ、誰も知るわけがねえ。ずいぶんおしゃべりに、なりやがって。キーラをおれに貸してるってことも、得意げに吹いてまわってやがるに違いねえ。……あの、クソ野郎。
「お、おい、ファビオ。た、煙草」
 煙草の長さが、ほとんどなくなっていた。火の熱が、唇に伝わる。ファビオはあわてて紙巻きを吐き出した。
「大丈夫かよ。水、いるか?」
 小男が水筒を差し出すが、ファビオは手で遮った。口の周りを手の甲で撫でつつ、男たちに背を向けて歩き出す。
「お、おい」
 イケルはいずれ、殺す。絶対に殺す。ファビオは心に決めていた。だが、それは今ではない。他人に利用されるのだけは、ごめんだと思う。罪に問われぬよう、時期を待ち、方法を練る必要があった。



 恣(ほしいまま) ~共有される幼な妻~ 第九話

テーマ:18禁・官能小説 - ジャンル:アダルト

  1. 2012/01/31(火) 11:11:11|
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臥頭狂一

Author:臥頭狂一
(がとうきょういち)
 日々、頭痛に悩まされながら官能小説を書いています。
 いろいろなジャンルに手を出していくつもりです。よろしければ読んでいってください。
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